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# フランス女性は、なぜ日傘をささないのか
- URL: https://www.dernierechaleur.fr/column20260517/
- Published: 2026-05-17T00:00:52.000Z
- Updated: 2026-08-15T19:27:50.000Z
- Description: [ 日曜コラム ] Dernière Chaleur Japon より、すべての皆様にお送りしています。
- Author: Yasuyuki SAITO
- Tags: 日曜コラム

南仏の街を歩いていると、いつも少し不思議に思うことがある。

夏の午後。  
陽射しは強く、石畳は白く照り返している。  
それなのに、日傘をさしている女性を、ほとんど見かけない。

カフェのテラス。市場へ向かう坂道。海へ続く小さな通り。  
人々は帽子をかぶることはあっても、陽射しそのものからは、あまり逃げようとしない。

もちろん、知らないわけではない。

紫外線が肌に与える影響も。  
シミが増えることも。  
肌が老いていくことも。

フランス人女性たちだって、そんなことは、よく知っている。

それでも、南仏のマダムたちは、夏の光の中をそのまま歩いていく。

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以前、その理由を訊いてみたことがある。

返ってきた言葉は、とても自然だった。

> 夏の太陽を遮ったら、夏じゃなくなるでしょう？

70代のマダムは、笑いながらそう言った。

別の女性は、自分の頬を指で軽く触れながら、

> シミ？ あるわよ。  
> でも、それも夏を生きてきたってことでしょ？

と、あっさり言った。

その言葉を聞いたとき、これは美容の話ではないのだと思った。

もっと深いところにある、  
「自然とどう関わるか」という感覚の違いなのだと。

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**日本には、日本の美しい感性がある。**

光を和らげること。  
陰をつくること。  
湿度や季節の移ろいを細やかに感じ取ること。

強いものを、そのまま受け取るのではなく、整えながら共に在る。

それは、日本が長い時間をかけて育んできた、とても繊細で、美しい感覚だ。

一方で、**南仏には、また少し違う感覚が流れている。**

降ってくる光を、そのまま受け取る。  
吹いてくる風の中に立つ。  
夏が来れば、夏に身体を預ける。

太陽を浴びた午後。  
長い夕暮れ。  
テラスで交わした笑い声。

そういう時間が身体に残っていくことを、彼女たちはあまり否定しない。

皺も。  
日焼けも。  
肌に残る夏の痕跡も。

「ちゃんと生きてきた時間」の一部として、静かに受け取っているように見える。

---

**それは、諦めではない。**

むしろ、自分の身体で季節を引き受けてきた、という感覚に近い。

南仏では、70歳を過ぎたマダムたちが、午後のテラスでよく笑っている。

深い皺（しわ）を刻んだ横顔が、強い陽射しの中でやわらかく光る瞬間がある。

その姿を見るたびに、時々思う。

美しさというのは、   
何も失わないことではなく、  
**何かを受け取りながら生きた時間の中に宿るもの**なのかもしれない、と。

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日傘をさすか、ささないか。

それは、ただの習慣の違いではない。

未来の自分のために今日を整えるのか。  
今日という季節を、そのまま身体で受け取るのか。

もちろん、どちらが正しいという話ではない。

ただ、もし。

夏の熱気。  
夕暮れ前の風。  
肌に触れる光。

そういうものを、もう少しだけ、そのまま感じながら生きてみたいと思う瞬間があるなら。

その感覚は、きっと大切にしていい。

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Dernière Chaleur は、  
「今、ここに在る」という感覚を大切にしている。

自然と闘うのでもなく、  
完全に制御しようとするのでもなく。

季節に応答しながら、軽やかに生きること。

そして、その時間が身体に残していくものさえ、  
自分の人生として静かに受け取ること。

南仏の陽射しの下で笑うマダムたちを見ていると、  
そういう生き方には、年齢では消えない美しさがあるのだと、時々感じるのです。

***Yasuyuki SAITO***

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