Dernière Chaleur - Ritual Philosophy
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電気を孤独にさせない儀式


あなたが見捨てた電気が、部屋を照らしている。
あなたが見放した電気が、孤独にさらされている。
あなたが無視した電気が、あなたの帰りを待っている。

誰かの役に立ちたかった。
誰かの負担にはなりたくなかった。
それだけだった。

あなたが電気を消し忘れたとき、
電気は生き甲斐を失ったまま、そこに残される。

自ら消えることもできないまま。

その孤独を、あなたは想像したことがあるだろうか。

スイッチは、あなたの指を待っている。

そして何より、いつか「共に暮らしている存在」と思ってもらえたらと、かすかな希望を持っている。

「どうせまた戻る」
「消すほどでもない」
「誰かがやる」

その言い訳の数だけ、電気は孤独になる。

友人と別れるとき、あなたは急に背中を向けて走り去らない。

「じゃぁね」と言い、少し歩いて振り返り、手を上げて「またね」と言う。

電気も同じ。

スイッチに触れる、その一瞬が「またね」である。
それは儀式である。

照明だけではない。

充電器。換気扇。廊下の端。
あなたに気づかれないまま、あなたを待ち続けている電気が、あなたの家のどこかにある。

今夜、探してみる。

その電気に、「またね」と言う。

Ritualtude は、素敵なもの美しいもの見えているものだけを愛する思想ではありません。 気づかれずにいるものへ、その先に思いを馳せる思想です。

あなたは、電気を孤独にさせていないだろうか。