ワインは、蔵の中でひとりで完成する
南仏プロヴァンスで、小さなワイナリーを営むムッシュに、一度だけ尋ねたことがある。
「仕込みの中で、一番好きな瞬間はどこですか」
彼は少し考えてから、樽の並ぶ地下室をゆっくりと見渡して、こう答えた。
「樽に詰めて、ここに寝かせる瞬間かな。そこから先は、私にはもう何もできないからね」
ワインづくりには、大きく分けて二つの時間がある。
ひとつは「醸造」。どの畑の葡萄を選ぶか。どの温度で、どれくらいの時間をかけるか。すべてを、作り手が意図して設計する時間だ。
もうひとつは「発酵」。樽やタンクの中で、目に見えない菌たちが、それぞれの場所で、それぞれの呼吸で、葡萄の液をワインへと変えていく。
同じ葡萄を、同じ手順で仕込んでも、蔵の温度や湿度が違えば、そこから育つ味は変わってくる。作り手でさえ、その先を完全にコントロールすることはできない。
樽に詰めた瞬間、醸造は終わり、発酵の時間が始まる。
先週、Dernière Chaleurは、30週にわたって届け続けてきた儀式に、ひとつの区切りを置いた。これまでの儀式を第1巻として結び、2027年の最初の月曜日に第2巻が始まるまで、「幕間(まくあい)」という沈黙の時間に入る。
この30週間、どの週に、どの命題を、どの順序で、どの音楽と写真とポエムとともに置くか。それは、まさに醸造の時間だったのだろう。
朝のために手を洗うことから始まり、雨の止み方に思いを馳せ、家の小さな涙を拭い、電気に「またね」と伝え、いつもの朝の奥にある連鎖に気づく。
ひとつひとつの儀式が、丁寧にワインを醸すように、順番に仕込まれていった。
その醸造が、今、ひとつの区切りを迎えた。樽に詰めて、発酵を待つ瞬間のように。
何もかもがせわしなく動き続けるこの時代には、沈黙はどうしても、不安に見えてしまう。
けれど、発酵は、急かすこともできない時間だ。ただ、静かに在るしかない。
受け取った儀式が、それぞれの読み手の日常の中で、どんな味に育っていくのか。それは、誰にも分からない。
同じ儀式を受け取っても、あなたの毎日と、他の誰かの毎日では、育つものが違う。それは、優劣の話ではない。ただ、蔵が違えば、味が違う、というだけの話だ。
もし、この沈黙の時間の中で、かつて受け取った儀式や音楽のどれかが、ふとした瞬間に、以前とは少し違う手触りで感じられたなら。
それは、あなたという蔵の中で、静かに発酵が進んでいる、ということなのかもしれない。
2027年1月に扉が開くまで。
最初の季節の醸造は、もう終わった。ここから先は、それぞれの樽の中でしか起こらない時間だ。
Yasuyuki SAITO
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