Dernière Chaleur - Ritual Philosophy
« Codex Vivant Φ025 - Day 1 "Ritualtude" »
揺れに頷く儀式
植物が揺れている。
窓から入った風が、葉の一枚一枚を動かしている。
干したタオルが、大きく弧を描いている。
なぜ、その姿は、愉しそうに見えるのか。
植物は、自らの意志で揺れることができない。
タオルは、自らの意志で動くことができない。
風が来るまで、ただ、そこに在る。
そして風が来た瞬間、余さずに受け取る。
一切を差し引かずに、受け取る。
あの軽やかさ。
今週、あなたに求めるのは、ただ一つ。
家の中で何かが揺れているとき、3秒だけ、
「うん、わかる」と、心の中で頷いてほしい。
眺めなくていい。
意味を探さなくていい。
ただ、頷く。
私たちは毎日、自らを動かし続けている。
行く場所を決め、話す言葉を選び、
感じ方さえ、手前で調整しながら。
しかし、動かぬものたちは、そのどれもしない。
ただ在り続けることで、風が来たとき、すべてを受け取る。
在り続けているものだけが、揺らされることができる。
プロヴァンスの夏、畑に風が来る。
刈られるために育てられたラベンダーも、
摘まれるために咲いたイモーテルも、
誰かのためではなく、ただそこに咲くコクリコも、
同じ風を、同じように受け取っている。
その軽やかさは、何かをしたからではない。
ただ、そこに在り続けたからだ。
「うん、わかる」と頷けるあなたは、
揺らされることの愉しさを、知っている。
Ritualtude は、揺らされているものの傍らに、いつも在る。
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