Dernière Chaleur - Ritual Philosophy
« Codex Vivant Φ028 - Day 1 "Ritualtude" »
住所を与える儀式
物には、住所がない。
ペンが、机の上にいる。
鍵が、ソファの隙間にいる。
リモコンが、昨日とは違う場所にいる。
それらは、そこに「在る」のではない。
行き場のないまま、留め置かれている。
あなたは、物を片づけてきた。
散らかれば戻し、目につけば仕舞う。
だが、その物に、帰る場所はあっただろうか。
帰る場所のない者は、戻れない。
ただ、運ばれるだけだ。
住所とは、収納場所のことではない。
そこが空いているから置く。それは、仮住まいにすぎない。
住所とは、ここが帰る場所だと、隣で見届けること。
それは、所有ではない。
共に暮らす者として、その物の居場所を、一緒に確かめることだ。
帰る場所を持った物は、旅に出られる。
帰る場所を持った物だけが、帰ってくることができる。
今週、あなたに求めるのは、ただ一つ。
物を一つ、その住所を、一緒に決めてほしい。
ペンでいい。鍵でいい。
今、家の中にある何か一つでいい。
ここを、その物の帰る場所だと、定める。
そして役目を終えたら、仕舞うのではなく、その場所へ送り届ける。
物が、住所を離れる。
それは、散らかりではなく、旅である。
あなたの手に取られ、あなたの役に立つため、旅に出る。
その物は今、旅の途中にいる。
そして、旅には終わりがある。
終わりとは、帰る場所があるということ。
プロヴァンスの羊飼いは、夏が来ると、羊と共に高地へ向かう。
クローの平野を発ち、何日も歩き、アルプスの夏草を分かち合い、秋にまた谷へ帰る。
羊飼いは、羊を追い立てはしない。
共に歩き、共に帰る。
帰る谷があるから、それは旅と呼べる。
帰る場所のない移動は、彷徨いでしかない。
置きっぱなしとは、旅から帰れずにいる物のことだ。
物に住所を与える。
それは、収納ではない。
共に暮らす相手と、「いってらっしゃい」と「おかえり」を交わせる間柄になることだ。
今週、あなたは何も新しいことをしない。
いつも通り、その住所へ、送り届ける。
それだけでいい。
Ritualtude は、旅する物と、その帰りを気遣うあなたの心の間に宿る。
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