「習慣」と「儀式」は、何が違うのか
今は「習慣時代」と言ってもいいほど、多くの人が自分の人生をより良くするために、何かしらを習慣化しようと取り組んでいます。
今週の日曜コラムでは、「習慣」と「儀式」の間には、どのような違いがあるのかを見ていきたいと思います。
1.習慣は「何かしらの目的」のために行う
2.儀式は「儀式を行うこと」そのものが目的
この定義は、ひょっとすると辞書的な解釈とは異なっているかもしれません。しかし、RITUALTUDE 思想においてこの2つの違いはあまりにも大きく、それは、思想の第一儀式である codex vivant φ001 ですでに問いとして置かれています。
意識なき反復は生と呼べるのか
習慣は、意識をしなくても出来るように身体に馴染ませる。その結果、自分の人生に何かしらの良いことが起こることを期待するものだと思います。
それに対して、儀式は、意識こそが重要で、故に意識を入れることが儀式であり、儀式を行った先にある結果が最重要ではありません。
少しわかりにくいかもしれませんが、これは「順番」の問題だと捉えるとわかりやすいと思います。
習慣(悪い習慣以外)は、何かしらを実現するために行うものだと思います。ということは、目的が先です。
儀式は、とにかく儀式を行うということが重要で、それによって何が得られるかではなく、その儀式を行う人間として生きるというところが重要です。
得られるものの違い
「習慣」の先にあるのは結果です。逆に言うと、こうすればいいはずだからそれを毎日(や定期的に)行なっているという状態です。それを言い換えると、習慣から得られるものは「答え」だと言えます。
「儀式」はそこに意識を向けることが重要です。習慣が「考えなくても出来る」ことを良しとするならば、真逆とさえ言えます。故に、得られるものも真逆で、儀式から得られるものは「問い」です。
これはどちらがいいという話ではありません。
しかし、向き不向きで言えば、経済的豊かさや比較優位を求める人にとっては「習慣」は最強です。習慣によって何かを手に入れる、昨日の自分を超える。競争優位なポジションに行くために、習慣は必要不可欠な要素です。
一方、「儀式」は、精神的豊かさや万物との共生を求める人にとって最強です。儀式によって万物や叡智と対話することで「問い」が生まれ、その問いの数だけ人生が豊かになる。
実際の「儀式」とは
「儀式」と聞いてイメージするのは、白装束に身を包んで数珠を手に取り、頭に3本の蝋燭を立てて火をつける、というようなものかもしれません。確かにそういう儀式もあるかもしれませんが、現代の儀式は、どちらかというと、
『日常の行為に新たな意図を与えるもの』の場合が多いです。
特別な日のためのものではない。すでに行なっている行動に「意味をもたせる」こと。あるいは、すでにそこにある物との関わりを、もう一度、問い直すこと。どちらも、生活に新しい行ないを足すことではなく、まして、それによって何かしらの人生の向上を期待して行うものでもありません。
では、コスパだけでなく、タイパ、メンパと、人々が求める価値が効率化する中で、何のために儀式を行うのか。
そう考える前に、目的を持たない時間との向き合い方を考えてみるのはいかがでしょうか。
たとえば、朝のために手を洗う。まな板の傷を撫でる。部屋の静けさを数える。
買い足すものは何もありません。日常の中で出来ることです。
たとえば、石鹸を洗ってみる
洗面台の脇に、石鹸がひとつ置いてあれば、そこからはじまる「儀式」があります。
毎日、その石鹸で手を洗う。それは習慣のようであり、もはや石鹸で洗っているという意識すら無いかもしれません。しかし、そのたびに石鹸には触れています。
ならば、石鹸で手を洗うのではなく、石鹸を手で洗ってみる。その瞬間、ほんの5秒だけでいいので「いつもありがとう」と心のなかでつぶやいてみる。
それが、儀式です。
石鹸を自分の両手に包み、水を流し、自分の顔を洗うときのように、静かに、手のひらで撫でて「綺麗になったね」と声をかけてみる。
それは、あまりにも儀式です。
どこか嬉しそうな石鹸が、元の場所に置かれる。
何も変わらない。翌朝も、同じ手を、同じ石鹸で洗う。それなのに、その塊は、急に「あなたの中での存在感」が増した。毎日触れていたのに、今日あらためて、出会い直した感じがした。
儀式は、どこにあるのか
儀式とは、新しいことを足すことではない。
すでに在るものに、もう一度、問い直すこと。石鹸のほうへ、まな板の傷へ、手を洗う所作へ、意識を向けること。そこに問いが生まれ、相手への興味が増す。
不思議だと思う。遠くにあると思っていた儀式は、すでに何千回と繰り返してきた動作の中と、何ヶ月も同じ場所に置いてある石鹸の中にすらある。
もし今日、手を洗う瞬間があったら。
石鹸を、使う前に、数秒だけ、見てみる。そのとき「儀式」が、そっと始まっている。
Yasuyuki SAITO
〜追伸〜
ここに、世界と出会い直す全30の儀式が開かれています。思想、写真、詩、音楽、解説。五つの層で、150篇。氏名も、クレジットカードも必要ありません。
RITUALTUDE は、あなたの意図に宿ります。
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